スクエニが学研と組んで『シリアスゲーム』事業を提携したようです。
詳しい内容はスクエニのHPから →ここをクリック(ただしアクロバット・リーダーがないと見られません)
シリアスゲームというのは、簡単に言えば、スクエニが持つ『ゲームのノウハウ』と、学研が持つ『学習・啓蒙もの』を合体させたコンテンツのことのようです。もっと簡単に言えば、最近の任天堂DSで新しいジャンルとなりつつある『脳を鍛える大人のためのDSトレーニング』や『DSトレーニング英語づけ』などのエンターテインメント学習ソフトみたいなものでしょう。私は以前から、この動きは本格的になるだろうと予想していましたが、さすがスクエニ(てゆーか、エニックスが)。昔から世の動きには敏感です。思わず、私がお世話になった尊敬するドラクエのプロデューサーC田氏の言葉が頭をよぎります。
「世の中の人々は、いったい何を求めているのだろう……」
実はDSトレーニングのようなゲーム機で学べる学習ソフトはMSXやファミコン時代からあったのですが、あくまでそれは『その他』のマイノリティーなカテゴリーでした。
ならば、何故今回そのようなマイノリティーなカテゴリーが224万本もの大ヒットをとばしたのか? もちろん、出版における『脳を鍛える系のドリルもの』のヒットの便乗や、おおよそゲームとは無縁そうな松嶋奈菜子を使ったイメージ広告戦略もあると思いますが、それより大きいのは現代の一般大衆の『知性や情報に対する意識の変化』にあったと私は思っています。そして、それは急速なインターネットやモバイルの発展に伴う『情報』と『知識』に対する一般の人々のイメージの変化が背景にあったと分析しています。現代人は、昔のように知識や情報を『お勉強』としてとらえているのではなく、『娯楽』や『道具』のようにとらえ、それらを楽しむ方法を取得したとも言えるのでは? ちょっとSFチックに言えば『知る』『考える』ことで得らる脳内麻薬の快感を改めて認識したともいえるかな?(笑)
しかし、「そんなもの、ただの一過性のブームだよ」と苦言をたれる保守ゲーマーや古参のゲームクリエイターもいるかもしれません。まぁ、思うのは自由ですので好きに思っていればいいでしょう。ただ、私はここ10年、CGのみが発展して、メディアとしては停滞気味だったゲーム業界がやっと時代の空気とシンクロして、その進化樹を伸ばし始めようとする動きに対して大きな期待を寄せています。そしてその進化樹の先を見守りたいと思っています。
コンピュータゲーム、いや、コンピュータが産み出す娯楽は一部の『ゲームおたく』を満足させる為に生まれ進化してきたのではなく、一般の人々に楽しい時間を提供する為に生まれてきたと私は思っています。
IT時代。ゲームが創り上げたインタラクティブ性。学習・啓蒙に対する大衆の興味。そして、それらの融合。そしてそれを具現化しようとする『シリアスゲーム』というカテゴリー。――今の私はこの動きに興味津々です。(企画、もって行こうかしらん)
【捕捉】『シリアスゲーム』とはスクエニが考えたカテゴリー名ではなく、『遊んで学べる学習系ソフト』の総称として欧米などで使われているカテゴリー名だそうです。日本でヒットした『電車でGO』とか『ジェットでGO』なんかも、欧米ではシリアスゲームに入るそうです。なんでもかんでもシミュレーションゲームという大雑把なカテゴリーにするのは日本ぐらいだそうです。ちなみにモバイルやネット等でお気軽に遊べるミニゲーム等は『カジュアルゲーム』というそうです。(そうです、ばっか…)
【追記1】最近、『バカの壁』でメジャー?になった『新潮新書』の売れゆきが今までになく好調だそうです。お堅い本にしては珍しい傾向です。で、思わず大学時代にお世話になった講師の言葉を思い出しました。『これから先の時代は、オカルティズムがやってきて、次に知や哲学に大衆が興味を持つ時代がやってくるだろう』――。つまり『自分の外を見つめる時代』の次には、『自分の内を見つめる時代』が必ずやってくるということを講師は言いたかたのでしょう。
【追記2】もしかしたら時代が『知』に対してコンプレックスを持ち始めたのかな? 世の中、だんだん便利になって皆、頭を使うことが少なくなってきたので、人間の種としての防衛本能が出てきたりして(笑)。