この変わった漫画本は去年に出版されたもので、私も書店で立ち読みなんかして知ってはいましたが、購読するまでの気はおこりませんでした。正直、他人の転落人生話しには興味あるが、別に購読するまでのこともないだろうと思っていたからです。しかし、何故か購入してしまいました。1年後の今となって。
理由ですが、まずは、この本が『文化庁メディア芸術祭大賞』をもらったこと、また、最近、個人的に皆が憧れている『勝ち組み』とか『順風満帆』とか『うまくいっている人生』に対して『なんか、つまんねぇなぁ……』ということを強く感じ始めたこともあり、この本にあらためて興味がわいたからです。
で、感想――
変な感想ですが……元気がでました。
以前、『人は不安と恐怖から逃れる為の行動原理を基に生きている』ということを書いた学術書を読んだことがあります。(この記事の一番下で紹介してます) 勝つとか、出世するということは、一見、努力や才能の結果みたいに賛美されますが、その本のいう行動原理から言えば、(ちょっと皮肉な言い回しですが) それは不安や恐怖からうまく逃げることに成功した一等賞的行為といえるのかもしれません。
『失踪日記』は、昔、私が好きだった漫画家・吾妻ひでお氏の転落人生を、本人自らがおもしろおかしく描いた漫画です。上記の行動原理から言えば人間が恐れる世界(本ではホームレス、アル中)に自ら入っていったことを笑い飛ばすという内容です。これって、よく考えると『すげぇ』ことではないでしょうか? 一見矛盾するような言い回しですが、ある意味『精神的な勝ち組み』じゃないのだろうか? とも私は思いました。
恐怖や不安は嫌だけど、でも、その中にいるからこそ見えてくる『タイセツナモノ』もある。あとは、その『タイセツナモノ』をどうとらえ、そしてどう不安と恐怖に打ち勝ち、最後に笑えるか? そのことが一番重要なんじゃないかなと私はこの漫画本を読みながら感じました。実はそれって昔から文学、芸術でもみられる永遠のテーマなんですよね。『失踪日記』は、実は漫画という形を借りた文学(私小説)だったのかも。
話は変わりますが、私の好きな映画監督・中島哲也氏が『私は欠点の見えない人間には魅力を感じない』と言っています。氏の次回作でもある『嫌われ松子の一生』の主人公は笑ってしまうほどの不幸続きで、転落人生の一等賞みたいな女性ですが、それだからこそ彼女にしか見いだせない『タイセツナモノ』の魅力を氏は感じたのでしょう。
この『失踪日記』は、前回の記事に書いた村上龍の『盾(シールド)』と一緒に購入したものですが、どうもこの2作、なんか共通点があるような気がしてなりません。それが何なのかは、これからゆっくり考えることにします。