「いいか。大切なのは読んだ本の数じゃねえ。一冊でもいい、そこからどんな大切なことを学びとったかが肝心なんだ」


――俳優/内藤陳


この言葉は、俳優で日本冒険小説協会会長であらせられる内藤陳(ちん)氏の言葉だ。昔、私がエニックス(現スクウェア エニックス)で働いていた頃、私の所属していたソフトウェア企画部が職安通りにあった。 歌舞伎町がすぐ近くだったせいもあって、必然?ながら仕事が終わってからよく一人で飲みに出歩いていた。で、よく行っていた酒場がゴールデン街にあった『深夜+1(プラスワン)』というお店。実はこの店、日本冒険小説協会が公認するお店だった(だった…って、過去形で書いたけど今も元気に営業中) で、そこの主が内藤陳氏。氏は忙しい仕事の合間をぬってはカウンターに入り客たち相手に小説や映画のかなり濃い話をしていた。客層はその殆んどが業界関係者と映画、小説大好き人間ばかり。たまにスゴイ大物作家が現れることもあった。(私は中上健二氏や景山民夫氏、田中芳樹氏に会ったことがある)


ある日、私がカウンター席に座ってバーボンソーダをちびちびやっていると、隣の編集者、もしくはライターとおぼしき男が自分が如何にたくさんの本を読んでいるかを自慢し始めた。あげく酔った勢いか本をたくさん読まない奴はこの店に来る資格はないようなことを言い始めた。私は、あまり読書家ではなかったので、ちょっと肩身の狭い思いをした。すると、その男の話を聞いていた内藤氏がそれまで和やかにしていた顔を厳しくし、その男に向かって言った。


「いいか。大切なのは読んだ本の数じゃねえ。一冊でもいい、そこからどんな大切なことを学びとったかが肝心なんだ。読んだ本の数の自慢なんかしてんじゃねえ!」


氏の若干ハードボイルドが入ったその言葉を聞いた男は今までの勢いをなくし、自分の子供っぽい態度を恥じるかのようにうつむいた。


氏は知る人ぞ知るスーパー読書家だ。『ウイスキーと本さえあれば何もいらない。大地震がきたら俺は本につぶされて死ぬだろう』と豪語する人物だ。その読書家である内藤氏がそのような言葉をはくとは正直、意外だった。それから私は気持ちが幾分楽になって楽しいひと時をすごすことができた。


本は沢山読むにこしたことはない。いろんな知識や知恵、そして人生が詰まっている。しかし、読んでも本に書かれた作者の大切なメッセージを読み取ることができなければ、その本はただの分厚い紙の束にすぎない。そんな本質的なことをサラリと言える内藤氏を見て、私は『ああ、この人は本だけでなく、その本を書いた人間も愛しているのだなぁ…』と思った。


最後に、当時内藤氏が酔うと必ず言っていた(今も言ってんだろうなぁ)決め台詞もご紹介しよう。


「いいか。男には金や名誉もいらねえ。熱いハートと気位さえありゃぁいいんだ」


内藤陳さん。当時は楽しいひと時をすごさせていただき誠にありがとうございました。いつまでもお体に気をつけて、これからもおもしろい小説や映画を若い人達に伝道していってください!


読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉

読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉



  • 作者: 内藤 陳
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1994/11
  • メディア: 単行本



 


――店の天井からぶら下がっていた模型の戦闘機の機種名を間違え、客全員から突っ込まれて大恥をかいた過去を持つ文鳥

投稿者 mori-game

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